美湖母湖

びこぼこぶろぐ

リズム戻せるかなあ~

昨年おでん屋始めて生活リズム、夜12時頃に就寝し朝7時半頃に起床していたのが1ケ月近くも休業しているうちに卸売を30年以上やってきたその生活リズムに戻ってしまい、朝は5時頃には起きるわ夜は10時頃には眠くて仕方なくなるわで10月からの再開、はやくおでん屋生活へとちょい焦っています

目が覚めてしまったのが4時半。これと言ってする事ないので切らせた洗剤でも買おうとちょい朝のドライブがてら出掛けてみました

少しづつですが明るくなるのが遅くなりつつあるように感じます。

このあたり、卸売始めた20歳代の若かりし頃各保育園に納品したりしました。N清紡さんにはことのほかお世話になり、食堂責任者のKさんにはかわいがってもらいました。その後その方が近所だと分ってびっくりしたことがあります。こうしたご近所でびっくりし思い出というと

この近くに住んでいたH村さんという可愛い女の子がいてその彼「むねさん」と当時交際中だった家内とで食べに行ったりカラオケしたりしていました。当時「俺・・・躰光寺に婿に行くんやわ~」と言ったら彼女、「旧?」と聞くのでそうだと答えたら「旧の在所なんて住むと苦労がたえへんで~!」とアドバイスくれたことがあったんです。さんざん田舎の事言っておきながら自分もその言っていた躰光寺の田舎の在所のど真ん中に夫婦して引っ越し・・・目が点になりました

この道路が開通して以前のくねくねした道を通らなくなりました。

もう40年以上前ですが下校時、たまに学校から駅に向かって歩いたことがありました。当時はもう少し商店街にも活気があったように思います。

衣類洗剤買うために・・・暇な男やなあ~

ここから見る景色。「能登川に帰ってきた・・・」と言った実感がわきます。彦根にいた頃は国道8号線佐和山トンネル抜けて彦根の町を見たとき彦根に帰ってきたと言う実感がわいたりしました。童謡に「故郷(ふるさと)」というのがありますが、さすがあの風景、景色は現在想像する方は少ないと思います。卸し始めた頃得意先の老人ホームでよくこの歌を皆さんが合唱されていました。時代と共に少し上の先輩方が施設に入る頃は加山雄三さんやグループサウンズ、私たちの頃はサザンとか永ちゃんとかになるのかなあ~

寺のことで

今日はお寺関係のことで役員(3役)している上席の「ゆた~さん」と行動を共にしていました

お寺に向かう途中の風景、稲刈りもほとんど終えられた農家の皆さん方のひと段落感と来たる報恩講に向けた「秋のお寺参り感」が漂っていました

本堂には

先日来るかも知れなかった台風に向けた板張りなどが施されていていました。

8時からの奉仕作業に合わせゆた~さんが門徒の皆さんに挨拶されています

各班ごとに分担しての清掃作業です

脚立に上っての作業なされているのは門徒最高齢(と・・・思う)「I朗」さん

お寺の裏にこうした伐採した小枝など廃棄し9時半頃には終了しました。その後役員の我々ふたりと住職夫婦で報恩講さんの打合せして帰宅しました。

その後着替えてふたりで今度は他のお寺への

報恩講への協力呼びかけ、他所寺費徴収及び他所とりまとめして下さる方への配りもの配布などしました。こうして浄土真宗関係であちらこちら行ったのは平成25年、神崎組仏教壮年会連盟の時にあちらこちら伺って以来です。こうして10月2日~3日の報恩講さんの準備していた今日でした。

明日敬老の日に合わせ

明日の敬老の日に合わせ各団体さん、個人さんなどからの注文分を作ったり配達したりしていました

昨日急きょな追加注文が入りその分を焼いたりしていました。明日の敬老の日は私共「おでんの美湖母湖」1周年目なんです。昨年は初日、お宮さん関係者が来て頂き賑やかにオープンしましたが今年はコロナ禍と言う事もあり休業中。こうした1周年目になるとは思ってもみませんでした

配達の時見た私の配達用軽バン。随分乗っているので昨年、「来年にはお金貯めて買い換えよう」なんて思っていましたが店の収入ないので当分乗らなきゃ・・・よく「補償が入るから良いじゃないの?」と聞かれますが、借金や設備投資(空調や有圧換気扇取付など)などで間違っても潤うなんて事ないんです。

小字「殿衛」の溝切しておられます。11月になると播種(麦の種まき)に合わせた各作業などあり、お寺がひと段落した後は農事関係で11月初旬までばたつきそうです

とある方へ敬老どら焼きを配達。道中信号待ちの時上向けて撮った写真で場所、申し上げられないのでこうした状態でのお話なんですが、私がどら焼きでこうした「敬老どら焼き」作り始めてから最初は80歳のご長寿ってなどら焼き(シール貼ったりで雰囲気出している)でしたが皆さんお元気で製造してから16年目の今年、96歳になられてもますますお元気、その方が100歳になられたら「長寿どらやき」なんて称して通販で売ろうかなあ~

年配の方がよく装着されている補償器ですが、このお店に「空気電池」と書かれてありますが・・・どんなだろう?

豊郷あたりでもう一軒の得意先へ配達。その得意先は自治会で敬老の日に本来ならば会議所に皆さんを招いてお祝いするところですが、コロナ禍と言う事もありうちのどら焼きを2つづつ配るのみにされまして、届けにあがった次第なんです。60歳代、70歳代を年寄りと言わなくなった現代、80歳代どころか90歳代でも元気にしておられるのでこのまま令和2桁になったら「103歳」とか「105歳」なんてのが大勢現れるようになるんじゃないかと思えてきました

独り言

台風の影響、滋賀はなんとかまぬがれ昼過ぎから天気も回復しました

彼岸花の向こうに見えるのは我が躰光寺の氏神様が祭られている「西郡(にしごおり)神社」です。こうした花など見ると秋になってきたんだなあ~と感じました。明日の祭りも秋晴れの予報。総代さん方もほっとしておられることと思います

こうしたのを見ると人気あるものや売れ筋などがよく分りますな。随分昔ですが以前在籍していた会社で晩秋の11月あたりになると「フェアー」と称した特売があり、業務用の乾物などの販売をしなければいけない時期がありました。このようなちらしタイプでなくB5サイズの紙に「ワープロ」で打ち込んだ各乾物の紹介が並んでありました。今にして思うとさほど売りにくい物でもなかったが何故に当時は苦労したんだろうと思い起こすことがあります。

すれ違った時気になりました。米、落ちないだろうか?

こうしたタイプの車って渋いです。運転席など「男の仕事場」ってな感じがいます。私もひと頃「ダットサントラック」を乗っていた時期がありました。こうしたタイプの車・・・小回りなどは効かないですがそれも含めて魅力的でした

この近くにかつて友人「も~ちゃん」の経営する散髪屋さんがありました。今は弟さんがその近くでしておられますが、オープンされた当初はみんながこぞって利用していました。最近年のせいかこうした若かりし頃に友人がやっていた店など思い出したりします。そんな事言っていたら彼らから「ええやないの~その出がらしの思い出集めて語り合える店オープンしてくれたんやから」と励まされました。まだ再オープンまで10日以上ありますがどうぞその時(再オープン)は宜しくお願い致します

配達後に燻す

朝方学校などへの配達した後チキンを燻そうと段取りしています

養護学校へ納品。コロナ禍、卸売先がある事に助けられています。

帰り際に見たこの農機具、この名を見ると私など「青い瞳の・・・」の歌手、「おサルの・・・」、そして何故か高校の1つ上の先輩など思い出します。農機具メーカー、いろんな名前付けるもんなんだなあ~

見にくいですが5度・・・良くある故障です。こうした故障も極端なので分りやすいです。これが3度ほど高いとかだと逆に困りますので

尼子駅にある近江鉄道の運賃表です。昔から高いなあ~と思っていましたがここに来て通ったりしない限り(通学・通勤)これくらいの金額ならばとも思えたりもしました。

こうした「ご当地戦国武将自販機」とでも申しましょうかありまして、甲良町の場合藤堂高虎さんなんですが、コーヒー買うだけで「何をご所望か?」と聞かれるのでちょい恥ずかしかったりします

ここに電信関係の営業所とでも言うのでしょうかあった頃はこの団体には勢いがありました。そんな昭和の時代、この近くに住む方がFAXを取付け注文などFAXでと言われた事がありました。たしかミニファックスMF-1ってな機種だったと思います。その方、「今後言った言わないがなくなる」とトラブルがなくなるなんて言っておられました。それこそ昭和時代の古き良き伝達方法ですな

この銀行、いろいろと名が変わります。おおよそこの前身「関西アーバン」その前「びわこ銀行」その前「滋賀相互銀行」まではご存じと思うのですがその前は「滋賀無尽(株)」でした。OBの方は「びわこ銀行の時ほど面白かった時代はない」と言われます。世の中が銀行を必要としていたよき時代だったんだなあ~さて・・・世の中がチキンを所望されているのでそろそろ燻し始めます

お客さん、どうしておられるかなあ~

お盆あたりから店閉めている関係で皆さんどうしておられるかなあ~と思っては寂しい日々を過ごしています

店内の片付けや清掃していても「身が入らない」です。

面白いメニューのヒントにでもなるかと思いこうした業務用食材扱う店で各品見ていてもすぐにお客さんの反応があるのでもないと思うとやっぱり「身が・・・」です

こうした建物写して毎度のごとく「駆け下りた階段で・・・」と某焼酎メーカー風のUP・・・してもお酒の提供できない現時点ではこれまたむなしくなりそうですしなあ~こういうときは別途仕込み、どら焼き製造、燻し作業を頑張りますわ。ちなみに明日は燻す予定です・・・

ほんの少し

昼、散髪などしつつ元施設の調理責任者しておられた方のところへ伺ったりしました

ここ数年散髪はこのお店でしています。

こうしたボクシングなどの動きからダイエットと言ったのもありかなと思ったりします。近所にスキンヘッドの方がおられるんですが一度その方に「おい~っ!そこの若け~の・・・拳闘やらね~か?」と言ってほしいんですがノリの良いその方、「黒の眼帯などあれば雰囲気出るかな?」と突っ込みにボケで返して下さいました

毎度のごとくラーメンをここで食しました

これって最初貸し物置かと思っていたんですが

ホテルと書いてあるので・・・そうなんや~と何だか不思議なもの見るような気持ちでした

この近く(このラーメン屋さんは関係ない)にお住まいの元料理長さんのお宅へお邪魔しました。独立しようと思った34年前にその方に相談に寄せてもらってから随分頂いたアドバイスで助かったこと数知れず。人とのつきあいではマイナスばかり述べる人とはそこそこのつきあいにしておくようにとか朝から晩まで注意を喚起しまくる人もそうだよなどアドナイス下さいました。マイナスのは分りますが注意喚起でし過ぎ、され過ぎの間柄には距離をと言われ最初分らなかったんですが、要は外野で「よく考えろよ!」「その方法、何か落とし穴があるかも知れないぞ」なんてことばかり言う人、10のうち1つでも言ったとおりになれば「な~っ!あれほど口を酸っぱく・・・」自分は何もしないが評論家気取りとは距離保つつきあいしないと「運気」が逃げるぞと言われたことがありました。そうした方・・数人、平成時代に仕事上おつきあいしましたが現在何もやりとりしていません。いまも「あのときのアドバイスの通りや!」と思っています

稲刈り後は転作の麦

うちの集落の稲刈り、おおかたが終了しました。今日は彦根方面への配達などに行きました。その道中の独り言です

稲刈りの後の「藁(わら)」、こうして固めて牛などのえさになるそうです。何だか北海道みたいですな

遠くで「たかっちゃん」が弾丸暗渠作業されていました。私の分担はこの写真の奥の田んぼ2枚の荒起こしや平堀などです。こうした秋の小麦の播種のお手伝い、時間と体力と相談しつつ頑張りたく思います。

延長期間に・・・

緊急事態宣言、明日13日も継続されているので休業中にいろんな段取りなどしようと思っています・・・が・・・中々計画してもその通りにならないものです

こうした休業中に開店1周年目を迎えるのですが、店オープン当初に考えていたいろんな計画も2年ほどずれ込みそうだし2年後どころかこの冬経営不振でってなことまで頭よぎったりしました

うちの畑のこの作物、この葉っぱは何なんだろうと義父さんに聞いたら「里芋だよ」とのこと、比較するためマスクと比べたりしていますがそれよりも「百姓でこれ・・・知らなかったの?」と言われそうです

新しく寸胴買いました。結局現時点でこの休業期間したことと言えば有圧換気扇設置、エアコン取付、そしてこの寸胴買ったくらいでした。この休業要請期間に仕入れ先にもいろいろ変化があり、入手困難になったり取り扱い製品が廃盤になったり価格が異常に上昇したりで頭が痛いことです。詳しくは月末に報告します


彼岸会(ひがんえ)・・・

今日はお寺参りの日。「彼岸会」です

7時半前にお寺に伺い段取り

役を一緒にさせて頂いている「ゆた~さん」と本堂へ

ほんと他にはない立派なお寺といつも思っています

総代さん方も来られ本日の事前打ち合わせや20日の境内清掃の段取り打合せ、来たる報恩講のしておかねばならないことの打合せなどしました

30分前に鳴らす梵鐘。ついてられるのはK原さんです。久しぶりにお会いしました

んでお参りの時刻。いつまで経っても半鐘が鳴らないので頼んでいた人、どうなったんだろうと鐘のあるところまで見に行ったらいない・・・急きょ他の人に頼み込んでなんとかしましたが元々の当番の人、顔合わせて「鐘につきまして宜しく」とまで言ったのに・・・

お勤めがあり

御法話頂きました。S町の住職が亡くなられたそうで、うちの住職の親戚と聞いて「あ~そんなご縁があるんだ~」と思いました。確かその住職には土屋アンナ風の娘さんがおられたとお思います。で、20日は境内の清掃で来月は報恩講・・・有難いこってす