2023年1月

古い歌

人それぞれに昔の歌を持っています

私の好きな美湖母湖さんは

お店をしてふたり一緒に暮らすんだと嬉しそうに話していました

だけども私は書きたかった・・・

この雰囲気、一部書き換えましたが歌詞で歌手・・誰か分る・・・?

昨晩40年ぶりにこの歌聞きました。歌のお供に私の店は麦100%です。もうひとつヒント「後は焼酎あおるだけ~」

臨時休業

本日雪の影響で食材が思うように入らないのとドカッと積もった雪を処理していないことから本日は臨時休業させてもらいます。

寒波襲来の前に

きつい寒波がやってくると言うことでその前に仕入れ、配達の前倒しなどしていました

このお店で調味料など購入。で、このお店も

岐阜県内に1号店が出来てから今年で30年になるんですね。このお店が出来るときこのお店を運営する問屋さんで私の仕入れ先の担当してくださっていたH課長が誇らしげに語ってくれていたのが昨日のようです。今なら「スタッフ」とか「クルー」なんて言いますが当時は「店員」「従業員」と呼んでいた時代、それでも新しい言い方でと「アミカガール」なんて呼んだりしておられました。私は内心「せめてアミカレディ」にでもした方がと思っていました。その後滋賀に1号店出来た時の総括責任者がK常務で「いずれフランチャイズになったら君も・・」とよく誘われていました。でも当時からこのお店(1993年)より12年前(1981年)から店舗展開してる「業務スーパー」の影を気にしておられました。

納品ついでにここで昼食。この「昭和感」が好きです

価格、最近少し変更されましたがそれでもお安いです

今日は珍しく近江八幡でなく彦根のパッケージプラザで化粧箱など購入。このお店からこの道を少し行ったところに私が40年ほど前在籍していた会社があります。この通りはその当時と余変わらないです。

愛知川にあるとある業者中間さんのところで品物を分けてもらいました。新社屋も作られ益々発展です。この会社は現社長さんで3代目になられ、私は初代とも2代目ともおつきあいさせて頂いています。私は23歳でこの業界に入り(当時は食品卸売会社の営業マン27歳で独立)ましたので40年近くもこの業界に身を置いていますと親子どちらさんとも交流があったりします。私は後10年ほど仕事続けられたら業界に身を置いて50年を記念して自費出版しようと思っています。題して「テリトリーなき戦い」・・・なんだか深作映画みたいだなあ~

とある農協さん。こうした農協の建物、時代を感じますね。昨日は近未来を想像するような建物でした。どちらかというと地方の農協の場合、町役場に似た建て方が多いように思えます。

東近江の天気予報、今日のこの時間(PM6:25)からどんどん気温が下がり明日未明にはマイナス4度が予想されるそうです。明日は1日どら焼き製造とお店ですが、あまりにも低温と積雪なら臨時休業も視野に入れています。


思い込んでいたこと

久しぶりにあちこち出かけました

その前にグリーン近江能登川に用事があり・・・70歳以上の方はこの農協の支所のことを「町農協」と言われます。最初ちょう・・町のを「超」と思い凄い農協なんだと思っていました。

特にこのデザイン、エキスポ70、すなわち1970年に開かれた「大阪万博」のパビリオン的な建物だから近未来を見据えて「超越農協」という意味の略なのかと思っていました

昼過ぎここで買い物

昼食は私の大好きなこのお店で

美味しくいただきました。湖西方面ではこのお店とマキノにある道の駅のそば屋さんが好きです。

こうしたメニューから私の店の何か参考になるものをとじーっと見つめています

こうしたのも参考になります

このお店も「息の長い」お店で好きです。今から35年程前某大津にある問屋さんの立ち位置・・No-2とよくこのお店でラーメンすすりながら将来の夢など語り合いました。その夢、ほとんど叶えられなかったが若い頃語り合えたあのひとときは輝いて(ギラギラ)いたし決して無駄に終わったと思っていません。どちらかというと評論家気取りで我々の今後を冷ややかに見ていた人達の方が・・・

ここも本当に閉店したんだなあ~

稲枝地区にある元コンビニ、うなぎ屋さんが出来るという噂で持ちきりです。こうして新規のお店がどんどん出来るうちに我が店・・数十年後に「老舗」になるんだろうなあ~

自治会の役員選挙

今日は私の住む町の自治会長(町内会長)や神社関係、農事関係の役員選挙がありました

場所は能登川コミュニケーションセンターです。

選挙ではいろんなドラマがあります。数年前とある人が候補に挙がった人がマイクで「僕はしません(その役を)、なぜならしないからです」と意味不明なこと言って嘲笑を誘ったりされる方おられました。又、彦根では町内会長に推挙されたら怒って帰宅し、町内会の人が説得に行ったら仏間で鉢巻きし、そこに懐中電灯2本さして鬼の形相で読経していた人がいました。その光景が映画「八つ墓村」のようで怖かったとその住人が言っておられました。彦根以外にも家財道具まとめて転出された方、自殺をほのめかした人、その1年がハードなのが分るからと定年迎えることなく退職した人、家族と水杯を酌み交わし今生の別れを惜しんだ人・・・どこまで大げさなんだと思う人が・・結構おられます

小ネタでやんす

いきなり滋賀県は長浜の人々の話す方言っぽくスタートです

いろんなお店が閉店したりと寂しいです。お店も「寿命」があるらしく、儲かろうが儲かるまいが30年ほど続けられたら幸せらしいのです。で、私が30年もお店30年したら90歳・・

お客さんから吸い殻入れ、ふた開けた缶詰・・・もう少しなんとかならないものか?に応えるためドンキに

ちょい目立ちすぎかな?・・・遠巻きに見て消火器に見えます

西の湖、この道を少し進んだところに

うちの業務用プレハブ型冷凍庫、冷蔵庫でお世話になっている設備屋さんがいます

海坊主さん、ここのラーメン、定食など美味しいですよ、調べる方は「ラーメン酒場海坊主」で検索されると良いですよ

場所は申せませんが個人店のラーメン屋さんでとにかく「威圧系」とのことなんです。注文の仕方勉強して入店しないと怒鳴られるらしく、ましてや残したら大目玉と聞いています。35年ほど前彦根市内南彦根駅近くにあったうどん屋さんも凄いお店でキャッチフレーズが「うどんとワインの素敵なお店」・・・で、ワイン通なのかととワイン頼んだらワイン、湯飲みにつがれて出てきてひっくり返りそうになりました。で、うどんは手打ちとはいえ鉛筆ほどの細さもあれば親指くらいの太さのも。味は良かったがもう少し麺、均一にト願いつつ店を後にしました。で、食べ終わったら「どうでした?」「うまかったでしょ?」「ワインも上等でしょ」この問いに疲れるのでリピートしませんでした・・・と・・言うより2ケ月後テナント募集になっていました

いま、関西電力とは言わず、関西電力送配電と呼ぶんですね。私の知る(年配の方)人で昭和の時代、郵便局員、国鉄職員、電電公社職員など平成の晩年から令和にかけて現状こうなる(民営化だったりグループ再編成とか)なんて昭和50年代に入った人は予想だにしていなかっただろうなあ~と話しておられました。

定休日前は気が楽・・

 定休日前は気が楽です

「和食のさと」で昼食。ファミレス系はこうしたタッチパネルが増えてきましたね。ある意味この方が楽と言えば楽です。

「ラパン」のパンフレットもらいに行っただけなのに親切な対応して下さいました。対応してくれた方は女性で、メカについてもよく勉強しておられ、買うならこのメーカーさんのをと思いました。

この近くにお持帰り寿しの店がありまして、その会社の社長さんは今年この業界(テイクアウト寿しの業界)に入られて45年経つ「レジェンド」的存在です。若い頃その方が課長しておられる時、その系列のお店の店長させてもらっていました。社長、若い頃は「ダン池田(バンドマスター・指揮者・・)」っぽい人で対する私はパセリみたいな頭で共に寿し関係のお店にふさわしくなさそうな2人でした。その会社が昭和60年代に倒産し、その方を中心に再生(会社の一部店舗を買い取り)し約40年間黒字出し続けた伝説の会社です。今はお弁当なども扱っておられ益々守備範囲を広げておられます。

自動車教習所。かつて彦根には2つありましたが今現在はこの近くにある教習所のみです。私の知る女性がここではないですが他の教習所の教官に恋をして友達とその方の家まで見に行ったと聞いたことがあります。彼女、いつも「教官はさ~・・」「今日、教官が・・」・・・まるで〇ちえみさんのように見えました・・この文章でスチュワーデス物語を連想した人は1983年(昭和58年)のドラマ知っていると言う事になりますなあ~・・さて、定休日前の店、早速開けに行きますわ

新年気分も今日まで

う人に「明けまして・・」と言うのも今日までですな~

能登川駅東口近くの同業さんが火事で大変でした。原因は漏電でそう思うと怖いものです。うちも心配で店舗内チェックしたのですが、それ以前に・・

竣工直後から水漏れあったり(だからタオルを敷いている)

防水シートが2日目にはがれたりで結局私が修理することになりました。なおしてほしいと業者に言ったらやれポリエチレンフォーム、アスファルトフェルト、クレイプラスターとかの為戦車のキャタピラーで踏んでも大丈夫とか的外れの答え。じゃ仕方ないので自分でなおしたりしています。この素材も防水か疑わしいものです・・・

平凡がいいね

何事も平凡に暮らすのが良いですね

神社の樹木伐採が行なわれています。こうした樹木に関して過去緊急に行った事があり、時は平成23年に台風で倒木しかけ、危険なので伐採したことがありました。その時以来の通行止めじゃないかな~

大学入学共通テスト。センター試験とちょい違うと聞いています。この試験、時は昭和55年に行なわれた「共通1次試験」が最初だったと思います。

随分前行く高齢者の運転する車、とにかく信号で自分の車、直進なのに左折する車に手で合図して行かせたり誰も渡る気配のないのに横断歩道で停車、そうかと思ったらセンターに寄りすぎ対向車と接触しそうになる・・・怖いのですんごく車間距離とって運転したのですがこの車、しまいには時速20Kmくらいのスピードで走るのですぐ追いついてしまいました。仕方なく脇道それて目的地に遠回りでしたが向かいました

冬筍のこと中国語では「トンスン」と言います。小ぶりで柔らかくいろんなメニューにはもってこいです。私もこの筍を使ったメニューを考えてみようと思っています。

これはよそさんがお野菜を作っておられる様子。我が家は売り物でなく自家消費と店で使う野菜をお義父さんに畑で作ってもらっています。おかげでそのシーズン中(例えば今なら大根など)買わなくて良いので助かっています。そろそろ野菜の植え方とかも習って自分でしなきゃと思っています

スターゼンさん、私は取引こそないですが確実な会社としてよく話しに聞きます。この会社は三井系の会社で手堅い会社として有名です。私は彦根に日本ハムの営業所があった頃日ハムと取引してました。その頃丸大食品からも仕入れたりしていました。当時旧近江町に営業所があり間違っていたらごめんなさい・・・この会社の創業者の奥さんがこの地の出身と言う事もありこの地に営業所があったと聞いています。その頃は日ハム、伊藤、プリマに続いて第4位の会社でしたし、ハムソーセージ類も安いので売る分(卸)には結構儲かりました。現在は第6位になってしまいましたが私が卸でこの会社のを取り扱っていますとお客さんに話すと必ずと言って良いほど「腕白でも良い・・・」のセリフが出てきました。で、当時はそうしたキャッチフレーズが流行「男は黙って・・・」のサッポロビールなど流行りました。そこには尾ひれ背びれがついて就職試験の面接で何も話さない学生が最後にこのセリフを言ったら採用され今や取締役・・・よく出来た話がまことしやかに広がった時期もありました

豚肉落ち着いてきた

牛肉、鶏肉もそうですが豚肉も昨年のような高騰はなく、少しづつ価格も落ち着いて(徐々に下がりはじめ)来ました

豚肉、私はロース、肩ロース、バラ、ヒレ、腕などを仕入れて用途に合わせた使い方しています。これは肩ロースです。主にチャーシューなどに使います。バラ肉でチャーシュー作られる方もおられますがうちはちょいあっさりめで・・・・

前回まではメキシコ産でしたが今回からはスペイン産。ニコニコした豚の絵がポイントです。特長は雌を使っていることで比較的柔らかです。そういう目でこの絵を見ると可愛い女の子っぽくも見えます・・・

<< 1 2 >> 2ページ中1ページ目