2021年1月8日

彦根ぶらぶら

配達で彦根に向かっていたのでぶらぶらではないのですが・・・つきあって下さい

この近くとしかいえないですが得意先がありまして久しぶりに納品に寄せてもらいましたがとにかく去年の観光シーズン中のお客さんの入が少なく大変だったそうで、今年こそはと張り切ってはみたもののごらんの状態。ほんと私の店も含め「なんとかならんもんかなあ~」と店のオーナーさんと2人愚痴をこぼしていました

ぼや~っと写るこの会社は私が40年近く前に在籍していた会社です。私と同じ頃に退職した愛称「きりちゃん」とは今も連絡取りあぅたりしていまして、当時のことを懐かしんだりします。彼はどちらかというと無口で調子の良い事言うのを嫌がるタイプでよく「おれは寬ちゃんのようにうまく表現できないからなあ~」などと言っていました。ある日営業成績がもの凄く悪く社長に別室に呼び出された時、営業職から外されるのは嫌なので社長から「お前~うちの会社・・・どう思ってるんだ!」と聞かれたとき「私は〇大という看板のおかげで営業させてもらっていて、その看板があるからこそ・・・」と多分ですが苦し紛れに言ったら社長、側近のF永氏を呼んで「おい~っ!こいつ・・・嬉しいこと言うてくれるやないの」とえらい「受けた」みたいであまりにも受けたので彼・・・私に「たまには言うてみるもんやなあ~」と言ってくれたのが昨日のようです。しかし・・多分彼からみてひょっとして私・・・口八丁だと思われていたのかなあ~

その会社から琵琶湖方面に向かうこの道、彦根生まれの古い私たちは「昭和新道(しんみち)」と呼んでいます。当時としてはかなり広い道路でした。右側に中華料理屋さんがありますがこのお店もおいしいですし当時よく利用していました

琵琶湖沿いの道路との交差点。右側に見える建物は大学の寮で今は取引ないですが当時よく給食物資を納品させてもらっていました。よく教授もふらっと来ておられたりで、いろんな先生方ともお話ししたりもしました。英語の話になったとき当時私の中学校の英語の先生方がひどかったと言う話で盛り上がったりしていました。発音も何もあったものでなかったような気が・・・。又和訳の時、妙な意地というかこだわりのある先生がいてペットと書いてはいけなくって「愛玩動物」と書かなきゃいけなかったり一言・・・「変」・・でしたとその教授と盛り上がったりしていたことがありました。教授がおっしゃるには「アイアムアボーイ・ユーユアガール」・・・見たら分りますとかふたり突っ込んでは笑いまくっていました。そんな思い出を懐かしみつつの午前の配達でした

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