美湖母湖

びこぼこぶろぐ

今年の・・・PERT1

今年もいろんな事あったなあ~などと振り返り始めました

場所特定できませんが、商売上ではこの近くの老舗仕出し屋さんがなくなりました。昭和5年頃から頑張ってこられたのに残念です。女将さんは宮崎から嫁がれた方で某テレビ局の美人アナウンサーでした。ひと頃ちょこちょこっと納品させてもらっていましてよく女将さんから注文いただいていました。

この近くにパソでお世話になった方が会社を構えておられいろんな事を教えていただきました。今年とある商売を廃業し、新たな商売に向け頑張っておられると聞きました。リフォームのセールスマン、独立して健康食品販売、リサイクル関連、パソコン、携帯ショップ、民泊、スローライフアドバイザー、飲食店関係の宣伝(ホームページも含む)、ペット関連の・・・

※漠然とした写真で意味ないです

今年私の家の田んぼ、アパート経営しませんか?としつこく言ってくる人があっさりと退職して保険のセールスレディとして訪ねてきました。元々信用していないので私、話は聞かないよ、義父に言って下さいでした。あるとき上司3人と共に「お父さんをなんとか説得して下さい、お父さんのいわば相続で困るのはあなたたち子供さん方ですよ」とえらく「押して」来たので前もって調べてあることを知らない振りして聞いたんです。「契約成立したときの取引銀行は信金で宜しいですか?」「着工するとき私の友人の建設会社を入れて貰えますか?」「他の会社ですが例の欠陥施工だといけないので彦根の〇〇設計事務所にお願いしても宜しいですか?」と3つの条件クリアーしてくれたらお父さんに話くらい聞くよう話します。と問いかけた次の日から誰も来なくなりました。

ここ彦根銀座商店街のみならず全国的に商店街はシャッターが下りたままの通りになってしまってます。この通りのお住まいではないですが、今年倒産した私の店舗設置してくれたリフォーム会社の下請けとして入られていた職人さん、仕事した後の支払、全く支払ってくれず私の家に来て「なんぞ仕事ございましたらよろしく」と言ってきたのでいろんな工事等頼んでいます。職人さんへの支払していないのが分かったが故に数日前の水道の漏れも当時取付けてくれた職人さんへ言いにくかったんです。また、工事が遅いのもお金貰えないのが職人さん仲間で話が出回り中々着工出来なかったのも事実でした。昨年それで2年近く着工しないからと訴訟問題になったとも聞いています。施主としては前もって工事の一部のお金払っているんだから「どうなってるんだ!」ですわな。私も着工まで5ヶ月半(三協フロンテア所長K添え氏の話では通常22日で施主に引き渡し)かかりました。

宗教の名誉会長が亡くなられました。この近くに住む「青やん」は見かけによらず熱心な信者さんと聞いていました。彼はこうした「心の支え」がなくなったりしたとき忌明けまで昼、食事しないとか1日5回の「勤行(ごんぎょう)」を欠かさないとか聞いたので本当なのか本人に聞いたら「なんでほんなあほらしいこと・・・」でした。そやわなあ~でも昭和59年、選挙の時Kずみ氏は「これは聖なる戦い、聖戦や!信心する力を結集しようではないか!」と喫茶「ボ〇ト〇」で声高らかに言っておられました。また友人のことを「題目唱える湖国のタージン」などと言うのでKさんに「キダタローさんは浪速のモーツアルトと呼ばれていますがなんでモーツアルトのことウィーンのキダタローと呼ばれないんでしょうか?」と聞いたらK氏、笑って何も答えなかったです。と・・いう事で当時の目的S西君をその団体から外させて(連れて)帰り彼のお母さんに涙ながらに感謝されました。

やっぱみつわは最高ですな。私はこの店、鳥源(現すぎもと)、をかべの中華そばが大好きです

ラーメンで言いますと彦根駅前に新たにオープンしましたね

この姿見て「まさかの・・・」と不安になりましたが

屋根の工事でした

私にとって居心地よい店がなくなってしまったらえらいこってす。店に関してたたまれるのは理由つあります。経営者の高齢による引退、もしくは病気、売り上げ不振、収支のバランス崩れた(売上からっくる儲けが月100万円あっても借入、テナント料、人件費などで100万円支払っていれば何にもならない)、宗教にのめり込む(能登川でも店舗名は言えませんが旧〇〇協会に売上どころかほとんどの財産渡した人がいる)など様々です。特に今年は廃業、引退、倒産などよく聞く年でした

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