美湖母湖

びこぼこぶろぐ

燻す格好

今日も今からチキンを燻すのですがとにかく目などが煙で「結膜炎」になったり鼻も真っ黒になったりと健康に良くないのでこのような格好で燻しています

とにかく冬場はまだ近所の人達も「寒いからね~」とジャンパー着ていたりしてもおかしくはないが夏場、いくらコロナ禍とはいえ工業用の防塵マスクして水中メガネしながら燻していたら「あぶな~い」人に思われています。さて、今日も120本、んで来週はいよいよ週に240本づつ燻す計画でいます。ひょっとしてそのため来月半ば臨時休業日を設けさせてもらうかもしれないことをご了承ください

まこちゃんとこで・・

友人でもあり商売人仲間(古民家レストラン・餃子省経営)でもあるまこちゃんとこで現在の物価高騰の折どうしてメニュー内容変更して良いのかアドバイスもらいに行き、お昼時なのでついでにランチ食べて帰りました

いつ寄せてもらっても幼い頃、まこちゃんの家に「ま~こちゃん~あそぼ~」と誘っていた感覚が抜けきれません

はや7周年・・・

あっ・・・お好み焼きもメニューに加わってる・・・いろんなアドバイスもらい12月から価格改正させて頂く参考になりました

国道307・306号線走りつつ

最近配達で通ることが少なくなった国道307号線、306号線走りつつ思ったりしたことです

甲良町にある学校への納品終えて彦根方面へ307号線走らせると見えてくる多賀、「胡宮神社(このみやじんじゃ)」。サラリーマン時代この神社の駐車場で同僚「きりちゃん」とよくサボっていました

ここに平成半ばまでSL(蒸気機関車)」が静態保存され、たしか「SLパーク」なんて言われていた時代がありました。ここに公衆電話があり昭和時代、ポケットベルがなったら会社に連絡したりしていました。

多賀大社の結婚式場の案内看板。友人はこの式場で結婚式挙げたが離婚し、再婚するとき「神様の前で誓ったがうまくいかなかったので今度はキリストさんの前で・・・」とチャペル結婚式挙げたのを思い出しました。307号線からちょいと寄り道して306号線へ・・・

30年ほど納品などでお世話になっていたこのお店、年齢から廃業されて数年経ちますが思い出多いお店です

ここ・・・昭和時代に喫茶店でして、ちょいHな本なども並べてあったりで見たくって足繁く通ったことがありました

これ、実はセメント工場の引き込み線が多賀の山奥にまであった時代の名残なんです。で、寄り道終えて又307号線へ・・・

この近くに車などの「解体屋」さんがあり、部品など売ってもらったことがありました。

このお店、かなりの前はうどん屋さんでした。その時の店主さんからエビ、豚、油、小麦粉などよく買ってもらってました。

仕入れ先でもあり私達夫婦の仲人さんでもあるこのお店へ各仕入れに

この宅配会社、前は違う会社の営業所でした。私の先輩「Iさん」が当時守山の食品卸売会社におられたとき名刺に「〇〇(その全身の会社名)流通グループ」と誇らしげに書かれてあったりしたのを思い出しました。又、かっこよく見せるのが好きな人でスリーS・・・S林食品食品センターの略だとまるで日産ブルーバード(昭和時代にあった車)みたいなのを印刷したり、フローズンキング、ベストフーズマネジメントなど数々のキャッチフレーズ出しておられたのを思い出しました。で、その流通グループの資本でも入っているかと言えば単にそこの運送会社の斡旋する産直品を販売しているだけだったらしくとにかく当時「大げさなこというの好きだなあ~」と思っていました

かつて畑だった場所近くにまで家が建ち、手押式ポンプ井戸が当時を物語っています。開発と共に思い出や今までしてきた事も消えゆくのかなあ~と思うとちょっぴり寂しくなる寬珍でした

農家でラッキー

おでん用の大根は家の畑で採れた大根です。

今茹でて粗熱を取っています。おでん用の「総太り」大根を植えたので細くなく加工しやすいです。あっ・・・そうそう・・・葉、使うんだったら大根と共に又友人「やん」のとこに届けよっと

家でもほうれん草が採れるのですが受けた注文数が多いのでここは得意の(?)冷凍で納品しています。ここは学校なので国産でないといけないですが輸入冷凍野菜・・ここに来て経験のない値上がり方しています

8月まで¥370/Kgだったのが先月に¥530/Kg

12月から¥585/Kg、来年早々には¥700/Kgになるとのことでとうとう8月の倍近くまで価格上昇

そこで不思議なのは国産のほうれん草の方が輸入より¥100程安い・・・こんな逆転現象・・・長く商売していて初めてです。私の勝手な持論ですがインフレの時は物を持っている方が良く、デフレの時はお金を持っている方が良いと思います。もちろんお金を使いまくりなさいという意味ではないのですが「物」の価値が放っおいても上がる時は商売はしやすいはずなんですが・・デフレに慣れきってた私は商売・・しやすいどころかやめたくなってしまったりしています

家のこと

定休日のうちに家のことなどしておこうとあちらこちらに行きました

出掛ける時に見かけた田んぼの管理しておられる光景。秋だなあ~と言う気がします

ここの豚まんの美味しいこと美味しいこと・・・

前を走るのはトヨタ、ハイエースです。脚立など上に積んでおられるのでいわゆる「職人さん」なのかなと思ったりしています。で、このハイエースのサイドブレーキはいわゆる「引っ張るタイプ」でこれの解除の方法知らない若い人が多く感じます。何でもそうですが車も進化続けるので今免許取って車乗る若い方などキーを差し込んで回すエンジンのかけ方など知らないのじゃないかな~

※この写真はイメージです

私の生まれ育った彦根の下町、特に東中学校エリアには昭和の時代、至るところにバルブ工場があり、大きな工場から小さな家族で営んでおられる工場まで数多くありました。私の小学校の頃は「彦根の3B」と教えてもらいバルブ、仏壇、ブラジャーが産業なんだよと教わりました。バルブ製造が盛んな彦根にて育ったのに鋳物などを溶かす「キューポラ」を最近まで白樺などの木の親戚みたいな樹木と思っていました。ひとまわりくらい上の方から教えてもらってへ~っと理解したのですが、その方「お前、キューポラのある街って映画知らんのか?」と言われたのですがその映画、聞いたことあるが見たことないのでその映画もそれこそ白樺並木のような木々に囲まれた街の映画とばかり思っていました

あと10日足らずで

後10日もしないうちに「師走」になるんですね。12月からメニュー内容変更や値上げさせていただく予定です。新しいメニューなども加えたり価格変更について他店舗さまはどうだろうと偵察に行ったりです

うちもカツカレー出していますがこのほど¥600から¥650に価格変更させて頂こうかと思い、それこそカレーチェーン店最大手の価格はどうなのかと食べに行きました

843円でご飯は300g。

さすがカレーは美味しいです。カツはうちのほうが厚みあるような気がします。もっともな話で早くお客様に提供するためにはこの薄さでないといけないのもよく分ります。うちなどカツ揚げるのに7分くらいかかってますもん

このお店もいろんなメニュー出しておられますね。業者仲間の会社内でハウス食品の方とお話しすることがあったのですがカレー一点張りでは今後しんどいと聞きました。ちなみにこのお店はハウス食品の連結子会社です

さきほど話していた業者仲間の会社を訪ねたのは牛の小腸カットを購入しに寄せてもらったからなんです

これ・・市販品ではなく業務用の品です。焼いて皿でだし、タレを別に付けて出そうか・・それともニラとキャベツなど準備して「モツ鍋」ってな方法でなどプラン練ってます

独り言

昨日、業者仲間から私の仕入れ先が近く廃業されると聞いて34年も取引して下さった事に感謝しています。コロナも含め商売のあり方が大きく変わってきたこの2年です

婿に来て25年、農業関係の事して23年。こうした麦のいわゆる「転作」での出役は毎年恒例でしたが今年麦刈りも種まきも出役しませんでした。農業のやり方と言うべきか方針が大きく変わる時期なんだなあと感じています

新たにこうしたお洒落な店も出来たりとここ能登川も変わりつつありますね

こうした回転寿しのお店も価格を変更されました。食品の価格高騰、いつまで続くのか不安通り越してあきらめムードです

これは彦根市内のお店ですがこうした昭和感満載のお店がいつまでも元気なのは嬉しい限りです。私の体、ポンコツになってしまいましたが少しでも長く続けたいと思っています。

病院へ

今日は定期的に受けてる経過観察受診しました

病院へ行く道中見た看板。よろしいですな~

とにかくこことのつきあいも長くなりました。

いつものようにお医者さんから悪い箇所がないか探されました。今回は貧血の恐れがあり、血尿や血便は大丈夫ですかと脅されました。半年前はヘモグロビンの数値が悪いので(7.2)あなたは糖尿ですなどと脅され頑張って食事制限したら5.7・・・今度はその副作用(?)で81㎏あった体重が63㎏におち、筋力不足から腰を痛めてしまう結末に・・・循環器科の先生ですが私の体全般を心配して下さってます

診察終えたら食べようと思っていたこのお菓子、「ぼんち」ではこう呼んでいるんですね。「横綱あられ」は別メーカーの商品名でした。で、診察後3階に入院している人のへ見舞に行けない替わりにナースステーションで見舞の品を預かってもらいました。仲間と見舞は行かない打合せでしたが私の場合、店が関係する事だったのでちょい勝手な行動取らせてもらいました

帰りとある場所に立ち寄ってみました。私の学生時代この付近(今は民家なので場所はここと言いにくいため)に食堂があり、ここでよく食べていました「学生ラーメン」ってなのがあり、¥200でラーメンの上に天かすが乗っていました。後輩とこの店の話していたら妙に懐かしくて今はやっておられないのに立ち寄ってみた次第です。腹減っていたのも手伝って美味しかった想い出しかありません。

秋の日の平凡な一日

腰痛もおさまりホッとしています。定休日ということで久しぶりにくつろいでいます

このような野菜の箱にいろんなキャラクターなど描かれているのが増えたような気がします。また、シャレなのか印籠の絵に茨城のうまいもんどころ・・・「このうまいもんどころが目に入らぬか・・・」みたいですな

かぼちゃの空箱ですが、このように地元PRしているものもありますね、積雪量日本一・・・すごいなあ~・・・箱そのものは捨ててしまったのですがジャガイモの箱(だったと思)に塩狩峠と書かれていて蒸気機関車が描かれていて若いころ読んだ三浦綾子さんの「塩狩峠」を思い出しました。内容に衝撃を受け現地にまで行ったことも思い出しました

当時(1981年)フェリーで敦賀から小樽に行きそこからずんずん車走らせて到着したのがこの峠でした。私・・・髪・・・あったなあ~友人4人で旅行しました

その時の内容が書かれた石碑の前で祈りをささげた友人「おくやん」・・・

とある工場を遠くに見てます。この工場はとにもかくにもずっと忙しい工場で設備屋で働いていたころなどこの工場にかかわる人は「最近半年ほど休んでないなあ~」とか「昨日から今日にかけて残業含むと18時間ほど働いたなあ~」なんて話はざらでした。過酷な現場だけに給料もよく、それと引き換えに当時頑張っておられた方は現在良い暮らししておられます

家に帰ったら郵便物が、お酒の通販で店舗様にと書いてあるのですが、最初いつもの酒屋さんからかな?と差出人見てびっくり

大分県・・・いろんなところから調べてくるんだなあ~

物価高騰の折、我々飲食関係も苦しんでいますが農業も肥料の高騰に頭抱えています。とにかくお店の食材、光熱費、肥料、ガソリン代などありとあらゆるものが値上がっているのにあがるどころか下がっているのは「米」だけです。皆さんほかに販売しているので最近農協に米が集まらず米を農協に出してくれと

お願いが来ました。補助も含めもう少し肥料等高騰の折、米の買取価格に「色」付けてくれてもよいのになあ~と思っています。米、昭和の時代など飯米(はんまい:自宅で食する米のこと)と縁故米(分家、親戚などへの米)を除いたら農協に「全量供出」が当たり前で、ほかに販売する農家など「あの家闇米を・・・」なんて言われていた時代もありました。とにかく百姓用語は古いっ!例えば借りている田んぼに借地代払うのですがそれを「年貢」とよんだり、お米の乾燥機の単位は今も「〇〇石」でよんだり、流通も何もかもが今は30Kg袋なのにいまだに「俵」で記録したりしています。平成時代に婿に来た最初「農協に何俵だしてうちは何俵もらう」なんて話聞き、頭の中で江戸時代の「五公五民」とかを連想したくらいです

お寺・総出

今日は本堂修復工事の前のいわゆる荷物だしなどの作業に出役しました

まずは「本堂修復委員会」の役員で打合せ

皆さん集まられ、住職の挨拶の後

運び出し等役割分担などの説明の後いよいよ作業

たたみを運ばれた後に円が描かれてある床が見えました。これが「秀さん」の言う保育施設の名残なのかなあ~

重量物もあれば

軽いものもあります。で、この彫刻物を箱に入れようと持ったら

簡単に割れてしまいました。見なかったことにしようとそっと箱にしまい込んで上から別の彫刻物入れておきました

これは燃えるゴミ、皆さんがいくら寄進したとかの記録はもう良いみたいです

その代わりすでに何十年使っていない「籠」は必要だそうです

こうして約2時間の作業は無事終わることが出来ました。昼から役員でお仏壇屋さんへの見学がありましたが私は店の関係で勝手(不参加)させてもらいました。